フジモリの参議院選挙立候補は、フジモリにとって大きな成果はあったと思う。それはチリの最高裁で無罪判決が出たことである。フジモリはチリにとって有力な外交カードになっていた。現在、チリとペルーは海上の国境問題というやっかいな問題を抱えている。今まで、交渉でもめればチリ側はペルーの要求に従ってフジモリの身柄をペルー政府に引き渡すという情報をマスコミに流し、あわててペルー政府は新たな証拠資料をチリの裁判に提出する。それをまた審議するということを繰り返していた。裁判を引き伸ばしてきたのはペルー側である。だから審理が今まで延びてきた。ペルー政府は表面上、国内や対外的にはフジモリの身柄引き渡しを求めているが、実は戻ってきてほしくないというのが本音である。なぜなら、ガルシア政権は少数与党なので国内での政治基盤がもろいという理由がある。ペルー経済は鉱物資源、農作物の輸出が好調で成長が伸びている。特にアスパラガスは世界一の生産地になった。ペルーは経済が好調だから国内に今のところ大きな問題が起きていない。しかし、フジモリの帰国はペルーを政治混乱に陥れる可能性が大きい。リマで政治家の人気アンケートをやるとフジモリは上位にいつも入っている。フジモリの支持基盤はリマ市内では弱い。その上、何年もペルーにはいないのにこれだけの人気をまだ保っている。スラム街や貧しい地方を加えると人気投票は絶対にトップだろうとペルー国の知識人の間では言われている。この人気がガルシア大統領は怖い。もし、フジモリをペルーの要求のように帰国させてみるといい。空港から拘置所までの道のりを何十万人というフジモリ支持派の人間が埋め尽くすだろう。これが地方にまで波及することで、政治混乱になることをペルー政府は脅えている。チリはペルー側の国内事情をよく知っているために国境問題の交渉でフジモリをカードとして持っておきたい、ペルーはガルシア政権が終わるまでフジモリに戻ってきてほしくない、チリ政府はフジモリを政治問題しないと言っているが本当はすでに政治問題となっている。ところがフジモリが日本の国会議員選挙に出馬したことによって、チリとペルーの問題だけではなく、日本を巻き込んでしまった。2005年にフジモリがチリに入ったためにチリの外相は突然来日を取りやめざるをえなかった。九月にチリ大統領の来日を控えている。国家元首の来日は関係を強化したいというメッセージである。フジモリを政治問題にして訪日が再び中止になれば大変な痛手を負うのはチリ側である。もしフジモリが国会議員になり、国民新党が与党になれば、政治問題となる可能性が高い。来日する前に一度無罪判決を出したことでチリと日本の政治問題になる可能性はなくなった。ペルーが控訴したので、チリ側の司法問題ではなく、ペルーの問題になったのである。フジモリの参議院立候補でペルーのガルシア大統領は7年ぶりのペルー国家元首十月訪日を取りやめた。

フジモリ報道について
フジモリ元大統領に無罪の判決が出た。日本のメディアでこれを予測したメディアがあっただろうか?なぜ予測が出来なかったかを考察すると日本のフジモリ報道のいい加減さが見えてくる。フジモリ報道は海外支局から送られてくることが多い。その時、発信先を見てみると、大体、ロサンゼルスやニューヨークまたはブラジルのサンパウロやメキシコシティである。ペルーのリマ市とこれらの都市の距離はどれぐらい離れているか世界地図で確かめてみると、まず、よく出てくるブラジルのサンパウロとリマの距離は東京とベトナムのハノイぐらいの距離がある。メキシコシティだと、およそ東京とタイのバンコクの距離である。ニューヨークやロサンゼルスとなると東京とインドのニューデリーほど距離が離れている。もし、外国のメディアに日本のニュースが流れたとき、その発信がいつもニューデリーやバンコック、ハノイからだったら、日本人の多くはニュースの信頼性に首をかしげるだろう。フジモリ報道については、それがまかりとおっている。次に、そのような離れたところから、どのように取材をするのだろうか?一番簡単なのは、ペルーのメディアに電話して状況を聞くことだろう。しかし、ペルーのマスコミは政府の広告塔である。
政府が反フジモリであれば、全てのマスコミが反フジモリである。その理由はマスコミが税制面で国家から優遇されているからである。税金はほとんど払っていない。ペルーの新聞、テレビを現地で見ると毎日のようにフジモリの悪口ばかりである。そこに日本のマスコミが取材しても、フジモリへの批判的な意見しか聞くことができない。ペルーでは新聞の発行部数は一番売れている新聞でも一万部もない。日本のように何百万部の新聞社などは存在しない。これが、日本の新聞では「有力紙によると」となる。ペルー司法当局から告訴されていた内容を詳しく調べたマスコミはあったのだろうか?少しでも目を通して見れば、それがどれだけいい加減なものなのか、理解できただろう。日本の新聞はペルーで裁判を受けるべきだという。ペルーのような民度の低い国家の裁判がどのようなものか、日本の新聞記者は想像ができないのだろうか。今のペルーの裁判所は、トレド前大統領の任命した裁判官と検事で牛耳られている。そのために、フジモリ以上の疑惑のあるトレドが告訴されないのである。トレドの恐怖はフジモリの復帰にある。フジモリが復帰すれば、自分の在任中の悪事がばれることを恐れている。だから、司法だけは抑えて退任した。ペルーの司法当局が提出した訴状に目を通して見ると、町の警察官の殺人さへ、フジモリ大統領の命令だと書かれている。新宿や渋谷の一人の交番勤務の警察官に安部総理が命令することがあるだろうか。隠し口座についてもスイス、マカオと調べたが存在しないという回答はスイスとマカオの当局からあったがそれについて報道している日本のマスコミは一社もない。フジモリに疑惑があることだけを伝えるので、日本人はフジモリに対して、汚い人間と見てしまう。欧米のマスコミがフジモリに対して批判的なのは、差別意識からきている。その尻馬に乗って批判することが、進んだ知識人と日本のマスコミは錯覚しているのではないだろうか。そろそろ、いい加減なフジモリ報道のやり方が日本人全体の国際的なイメージを落としていることに気づくべきである。